『ここからは大人のはなし』 LiLy-読書日記
タイトル『ここからは大人のはなし』
著者 LiLy
〈あらすじ〉
"ああ!「キスもセックスも恋愛も同棲ついでにセックスレス経験しちゃって、男との初めてのことなんて結婚くらいしか残ってないし、結婚なんて同棲みたいなもんっしょ」と、人生だいたいわかっちゃった気になって退屈していた過去の自分に、教えてあげたい。あんたが見据えていた未来のその先、半端なく濃いぞ、と"
ー本文より抜粋
〈ひとこと〉
この本は大学の研究室で拾った。
研究室の片隅でひっそりと、まるで忘れられたかなように、息を潜めるようにして持ち主が探しにくるのを、この本は待っていた。
それから3日。
香気成分分析を終えて研究室に戻り、ふと研究室の端を見ると、そこには件の本が肩身が狭そうに放置されている。
まだあったか。
そう思って、そっとその本に触れてみる。
一度人の手に渡り、読まれずに存在を忘れられた本というのは、やはり哀れだ。
誰も読まないなら僕が読む。
僕がこの本を家に持ち帰ったとしても、誰も文句いうまい。
そう思って手に取った本がこれ。
こういう本との出会いもある。
卒業式の前日だった。
そしてこの本を手にしてから2ヶ月。
読書仲間である、インスタアカウント@julicotten さんが「エッセイ・ノンフィクションの本をみんなで読み合いましょう」と呼びかけていたので、これを機にこの本を読んでみることにした。
この本を読んでいて、心に残った一文がある。
"「青春」は自分の後ろへ流れてゆく。
すると、独特の切なさと甘さを含む爽やか香りを、それは背中の向こう側で放り出す。その魅力的な匂いに、後ろ髪を引かれる人が多くいるのもわかる。
(略)
それは、「若さを追い求め続ける女の不幸」にも、
通じている。"
ー本文より抜粋
彼女は女性について、酸いも甘いも経験した30歳を超えた女性の恋愛感というもの、とりわけ若い青春を生きていた女性と歳をとり現実を知った現在の女性たちの人生観の違いを、独自の美的センスで書いている。
でもそれって社会人の誰しもに言えることなんじゃないかな。
僕にも、君にも、そしてこの感想を読んでいるそこのあなたも。
今年大学を卒業して社会人になった僕は、この本を読んでハッとした。
恋愛は経験したことがないからわからないけれど、
たしかに人生の楽しみ方は社会人になって変わったなと思うふしがあるからだ。
30をすぎ、離婚を経験し、二児の母になった作者の、昔を思い今の自分を達観するノスタルジックな感慨が、痛いくらいに共感できる。
僕は社会人になって「遊ぶ」という感覚が抜けてしまったように感じる。
学生の時は何事ももっと楽しんでいたと思う。
それは恋愛以外にも言える。
何をするにも楽しかった。
勉強するのも楽しかった、友達と取り止めのない無駄話で笑い合ったのも楽しかった、部活で肩を並べてみんなと走るのも楽しかった。
心の底から。
会社に入社した現在も、まあ、楽しいよ?
新しい仕事を覚えるのは楽しい。
従業員と協力して、同じ目標を目指し手を取り合って、一つの仕事に従事することも楽しい。
よりよい仕事をするために、あーでもないこーでもないと、試行錯誤して仕事に打ち込むことも、
また楽しい。
でもね、社会人の「楽しさ」っていうのはさ、ちょっと重いんだ。
その重さっていうのを、違う言葉に置き換えると、「責任感」という重圧に変換できるのかな?
社会人っていうのは決まり事が多い。
そして失敗ができない。
楽しいんだけど、その社会人の楽しさっていうのは、大人のルールの範囲内で許された楽しさなんだ。
社会人になって僕はそれを痛感した。
学生の時はもっと自由だった!
なぜなら「失敗」という言葉を知らなかったから。
だからあの時は、(と言っても1〜2ヶ月前まで学生だったのだけれど、)本当の意味で自由に世界を見て聞いて感じて、肌に触れるもの全てを心の底から楽しんでいたのだと思う。
若い時の楽しさというのは、純粋無垢でメラメラと燃え上がるような楽しさだと表現すると、現実を知り一般常識をインプットした僕ら社会人の楽しさというのは、心弾むんだけどなんだか熱くなれない、体は息を切らして走っているのに頭は冴え渡っているような、そんな熱い感情を冷静な自分が上から俯瞰するような楽しさというのかな。
大人の楽しさと青春の楽しさは、やっぱり違う。
そういうことに気がつけさせてくれた一冊。
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