『follow me ふゆのきつね』 井上浩輝-読書日記
タイトル『follow me ふゆのきつね』
作者 井上浩輝
ナショナルジオグラフィックの賞を受賞したカメラマンによる写真集
〈内容〉
一面銀世界の大自然で息づくキタキツネの営みをとらえた写真集。
"本書に収録したキタキツネの写真の多くは、「A Wild Fox Chase」と名付けたシリーズだ。
Wild goose chase (無駄な試み)という英語の慣用句もじって付けた。
僕が北海道でまず取り組んだのは風景写真だった。
自然を前に何時間もシャッターチャンスを待ち続ける僕の横を、素早く駆け抜けていったり、白銀の大地へ真っ逆さまに飛び込んだり、ときには目の前に優雅に座るふわふわの生き物がいた。
キタキツネだった。
僕の被写体は次第に、風景から神出鬼没な彼らに移っていった。"
ー本文より抜粋
〈ひとこと〉
この写真集を眺めていて、興味深いことに気がついた。
僕が「あ、いいな」と思う写真は、ことごとく狐がカメラ目線で映る写真が多かったことだ。
野生動物の目は不思議だ。
切れ長の細長い瞳孔、しっとりと濡れた茶色がかった瞳。
彼らは何を見つめているのだろう。
写真の中に映る彼らは、強い意志を持って僕を覗き込む。
まるで何もかも見透かしているかのように。
まるで僕の人となりを吟味しているかのように。
静かに息を潜めるかのように彼らは僕のことを見据える。
写真集を開いて眺めているのは僕なのに、見られているのはこちらなのでは?と思ってしまう錯覚。
写真の中の曇りない彼らの瞳に見つめられると、なんだか自分がとても矮小な人物に思えて、いたたまれなくなって早く目を逸らしてしまいたくなる。
僕は野生動物のもつ力強い瞳が好きなのだと思う。
そう思うのはきっと野生動物のもつ目が、純粋で、混じり気が無くて、ひどくまっすぐで、命の輝きに満ちているからなのだと思う。
そして彼らの目と比べてみて、自分の瞳がどんなに曇っているか痛感する。
それだけで自分がどれだけ、曲がりくねった道を歩んできたかがわかるから。
彼らの目は朝露に濡れ、しっとりと光り輝く新緑の若葉を見つめているが、僕は道路の水たまりに映る、疲れ切った自分の顔を見つめている。
彼らは初めての今日を彩る、地平線の太陽を眩しそうに眺めているが、僕はまーた1日が始まるよと、朝登る太陽を辟易しながら眺めている。
彼らは春風の流れを目で追っているが、僕は目の前を通り過ぎる電車を漫然と目で追っている。
彼らは肉食獣の右に残った爪痕を、警戒の色を浮かべて見つめているが、僕は舌打ちをして紙をくしゃくしゃとする上司を、鼻で笑いながら横目で見ている。
たぶん野生を生きる者たちと僕たちとでは、同じものを見ても見ている景色は全然違うんじゃないかな。
自然の中に満ちる、言葉にできず翻訳することのできない、でも生きるためには何よりも重要な何かを、彼らはじっと眺めているのだ。
僕たちにはもう見ることのできない何かを。
写真の中から彼らが問いかけてきたように感じた。
「それなくして、どうやって生きていくんだい?」と。
僕は答えを用意することができなかった。
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