読書日記『終焉ノ花嫁3』綾里けいし
タイトル 終焉の花嫁 3
著者 綾里けいし
イラスト 村カルキ
〈あらすじ〉
人類の敵【キヘイ】が世界を蹂躙して幾年。
魔導学園・黄昏院を設立し、人々はその脅威に抗戦を続けていた。
【逢魔ヶ時】打破を祝う祭りでの【最悪の結末】を回避したコウは【研究科】時代の同級生のアサギリ、イスミと交流をするようになる。
平穏な時を過ごすある日、コウはアサギリから告白される。
翌日、コウはイスミから驚愕の事実を伝えられる――アサギリが遺跡で行方不明になったと。
彼女を探し遺跡を捜索するコウの前に新たな【キヘイ】の王が現れ、コウは【キヘイ】の謎を知ることになる――。
最愛の【花嫁】達のために、コウが選択した道とは――?
〈ひとこと〉
主人公であるカグロ・コウの選択に違和感を覚える。
もし僕が"正義の味方"だったら、彼のような選択はしないと思う。
2巻の敵は人々を守るヒーローになりたかった年はもいかない少女だった。
彼女は自分の意に反し悪の組織に利用され多くの命を奪ったがゆえに、主人公に切り伏せられた。
3巻の敵は自身の生徒を守らんとした女教師だった。
一部の人間を切り捨て大多数の命を救おうとした彼女は、やはり主人公に刺し殺された。
1巻から3巻を読んで、主人公に問いたいことがある。
それは彼女ら的キャラクターをほんとうに"殺す"必要があったのかという問いだ。
彼にも葛藤があっただろうが、敵キャラクターとの"共存"という道はなかったのだろうか。
この物語は"キヘイ"という人類の敵に立ち向かうSFファンタジーでありながら、同時に"正義"とはなにかを強く問いかける物語だった。
読書日記『ナナイロノコイ』アンソロジー
タイトル ナナイロノコイ
〈作家紹介〉
#江國香織
#角田光代
#井上荒野
#谷村志穂
#藤野千夜
#ミーヨン
#唯川恵
〈内容〉
愛をおしえてください。
恋の予感、別れの兆し、はじめての朝、最後の夜…。
恋愛にセオリーはなく、お手本もない。
だから恋に落ちるたびにとまどい悩み、ときに大きな痛手を負うけれど、またいつか私たちは新しい恋に向かっていく―。
この魅力的で不思議な魔法を、いまをときめく七人の作家がドラマティックに贅沢に描いた大好評恋愛小説アンソロジー。
〈ひとこと〉
アンソロジーは好きだ。
いろんな作家さんの短編が載っているアンソロジーを読んでいると、今まで手をつけてこなかった作家さんと出会えるからだ。
最近本を読んでいて思うことがある。
それは世の中に出回る本の量が多すぎるということ。
膨大な量の本が身の回りに溢れていて、自分一人の人生では到底読みきれないではないかという漠然とした不安を抱く。
多くの作家さん作品が収録されているアンソロジーを読んで、いっそうそう思う。
途方もない。
果てしない。
けっして届かない夜の空に散らばる星々に手を伸ばしているような気分
読書日記『終焉ノ花嫁2』綾里けいし
タイトル 終焉ノ花嫁 2
著者 綾里けいし
イラスト 村カルキ
〈あらすじ〉
人類の敵【キヘイ】が世界を蹂躙して幾年。
魔導学園・黄昏院を設立し、人々はその脅威に抗戦を続けていた。
キヘイと婚姻し、【百鬼夜行】に転科・入隊したカグロコウは、一万五千回の試算の上にキヘイの大進行【逢魔ヶ時】を越える。
束の間の日常を謳歌するコウたちの前に――予想だにせぬ転科生が現れる。
時を同じくして【逢魔ヶ時】打破記念の祝祭が行われ、コウたちも出し物をすることに。
だが、祭りの最中、唐突にコウが殺される。
何度も何度も。
何度繰り返しても――。
さらには【戦闘科】最強の学徒で構成された【傀儡衆】の少女に襲撃されてしまい……?
〈ひとこと〉
綾里けいしの『終焉の花嫁』を初めて読んだ時は衝撃をうけた。
僕はいつも本を読む時は次の展開を予想しながら読み進めるのだが、この物語はまったくもってストーリーの展開が読めなかったからだ。
こういう本に出会うとやっぱり嬉しく思うが、同時に心がふっと冷えるような言いようのない恐怖の念を抱く。
この本の作者は僕の性質を全て知っていて、「こう書けばコイツはこう喜ぶな」とか「こう書けばコイツはこう驚くな」とか全て把握した上でこの著者は物語を書いているのではないかと本気で思う。
僕が本を読んでいるはずなのに、いつしか本の側が僕の内面を覗き見ているような錯覚。
読んでいて肌寒さを覚える。
"深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ"という有名な言葉が脳裏をよぎった今日この頃。
読書日記『終焉の花嫁』綾里けいし
タイトル 終焉の花嫁
著者 綾里けいし
イラスト 村カルキ
〈あらすじ〉
「拘束を、隷属を、信頼を、貴方に――約束しよう、貴方のために全てを殺すと」 突如出現した脅威【キヘイ】が世界を蹂躙して幾百年。人類は対抗手段として魔導学園・黄昏院を設立し、日夜戦闘が繰り返されていた。 運命の日、魔導研究科所属のカグロ・コウは【キヘイ】の死骸回収のため、とある遺跡に出向き、不運にもその命を散らした……はずだった。【キヘイ】の少女に救われるまでは。 「初めまして、愛しき人よ――我が名は【白姫】。これより先、私は永遠に貴方と共にあります」 物語の中の騎士のように、御伽噺の中の姫のように、目覚めた少女は告げる。それが終わらない地獄の始まりになろうとも知らず。
〈ひとこと〉
恋の物語だった。
あかぐろいバラのような、まがまがしくとも甘美な余韻をたたえる恋の物語。
花瓶の花が少しずつ減っていって、水を入れ替え空気を入れ替えやっと形を保っているような、萎れてしまってもなんとか咲いているような、そんな健気な恋にぐっと心掴まれる。
これはファンタジーであり、人と人外の戦いの記録であり、肺に水が溜まって息苦しさをともなうような恋の物語でもあった。
読書日記『台湾女子の私的行きつけリスト』アイリーン・クゥオ
タイトル 台湾女子の私的行きつけリスト
著者 アイリーンクゥオ
〈内容〉
台南生まれ、台北育ち。
時間があればおもしろそうな店を探して歩くのが大好きなアイリーン・クゥオ。
そんなアイリーンさんが
普段本気で通っている“行きつけリスト”がこちら。
おいしくて安い店。
雰囲気に酔いしれる贅沢なレストラン。
秘密の茶館にステキなカフェ。
さまざまなジャンルの行きつけがズラリ。
観光客目線ではなく、現地の住むひとの目線から書かれた台湾行きつけガイドブック。
〈ひとこと〉
僕は"冒険"という言葉が好きだ。
"旅"というとなんだか一世一代の大決断のような大仰な感じがするし、"旅行"というとなんだか遊びの延長線を思わせる軽薄な感じがするからだ。
一方、"冒険"のほうはどうだろうか。
通ったことのない細路地に足を踏み込むのも"冒険"だし、気になってはいたがずっと訪れる機会のなかったステキなカフェの扉をドキドキしながら開くのも立派な"冒険"だと思う。
"冒険"という言葉には一世一代の大仰さ必要なければ、遊び感覚の軽薄さもない。
あるのは、好奇心という感情の発露ただそれだけ。
最近、台湾という国が気になる。
そして台湾でちょっとした冒険をしたい。
台湾の日常の風景を切り取るような、現地の人々の息づかいを感じるような、そんなカフェ、レストラン、雑貨屋を巡ることを密かに夢見る。
そういう冒険、皆さんいかが?
読書日記『竜の国の魔導書』森りん
タイトル 竜の国の魔導書
著者 森りん
〈あらすじ〉
婚約者に裏切られるというトラウマ的事情により、人目を忍んで王立図書館でひっそりと働く名門の娘エリカ。
ある日、図書館で本を見つけられず困っている分厚い眼鏡をかけた男子の手助けをしている最中、いわくつきの古い本に触れたところ、気を失ってしまう。
目覚めると、エリカは眼鏡男子の家にいて……!?
とんでもなく垢抜けない眼鏡男子は、伝説の美しすぎる魔法使いミルチャ・アントネスクだった。 そして、ミルチャの探す魔導書「オルネア手稿」がらみの「竜化の呪い」にかかってしまったエリカの頭には小さな角が生えてきており……。
ショックを受けるエリカだったが、呪いを解くためにミルチャと共にオルネア手稿探しと、犯人捜しをすることになって…!?
〈ひとこと〉
森りんさんの本は『水の剣と砂漠の海ーアルテニア戦記』を読んでから、密かに探していた。
お気に入りの作家さんに出会ったら、その人の作品を網羅したいもの。
ウキウキした気分で、この本を手に取った。
前作と同じく魔法が息づくファンタジーな世界で、少女が過酷な運命に立ち向かう物語だった。
こういう手合いの物語に僕は弱い。
過酷な運命にめげず、真っ直ぐと進むべき道を見定め、毅然と立ち向かう少女たちのなんと尊いことか。
よりいっそうこの作家さんことが好きになってしまった。
読書日記『白銀のソードブレイカー』松山剛
タイトル 白銀のソードブレイカー
著者 松山剛
イラスト ファルまろ
〈あらすじ〉
世界の調和を保ち、力と平和の象徴とされる7本の聖剣とその使い手『剣聖』。
家族を皆殺しにされた過去を持つ傭兵レベンスは、仇を探すあてなき旅の途中、その『剣聖』の一人の警護を請け負った。
しかしある夜、彼らの前に小柄な少女が現れる。
白銀の髪をなびかせ、その背丈にそぐわぬ大剣を操る彼女はレベンスをあっさりと退け、それ以上の腕を誇る剣聖をも討ち取り『聖剣』を強奪した。
剣を交えた際、一瞬かいま見えた“映像”に家族の仇の姿を見たレベンスは、その白銀の髪を持つ少女を追う。
一夜にして“世界の敵”となった少女と、復讐に生きる傭兵が織り成す、剣の絆の物語。
〈ひとこと〉
ねぇ皆さん。
一度読んで面白と感じた本があったら、同じ著者の違う物語も気になりますよね。
こんなに面白い物語を書いたのだから、他の物語も面白いに決まってる!
この物語も例に漏れず、お気に入りの作家さんの名前を数ある物語のなかから見つけた。
心が震えるほど夢中になった本『雨の日のアイリス』と同じ作者の名前を、ブックオフのライトノベル コーナーで。
藁束の中から針を見つけ出したような運命を感じた。
手に取って読んでみて、あぁやっぱこの人の物語が好きなんだなぁと思った今日この頃。
読書日記『オンディーヌ』ジロドゥ
タイトル オンディーヌ
著者 ジロドゥ
訳 二木麻里
〈あらすじ〉
水の精霊オンディーヌは人間の世界に憧れていた。
ある日、水の精オンディーヌは湖の湖畔を訪れた王国騎士ハンスにハンスに一目惚れしてしまう。
しかし、ハンスには結婚を約束した王国に姫君ベルタの存在があった。
オンディーヌから求婚を迫られたハンスは、ベルタのことを忘れ、オンディーヌと共に過ごすことを選ぶ。
オンディーヌとハンスの恋は不滅のものと思われた。
ハンスを取り戻そうと躍起になるベルタ、宮廷に馴染めず孤立するオンディーヌ、二人の女性に言い寄られ板挟みになるハンス。
人々の思惑や欺瞞、嫉妬、愛が複雑に絡み合い、オンディーヌとハンスの前に立ち塞がる。
オンディーヌとハンスの恋の結末はいかに?
〈感想〉注:少しネタバレあり!
『オンディーヌ』のことをどこで知っただろうか。
たしか、アンデルセンの『人魚姫』を読んだときだったか。
訳者解説の欄にオンディーヌの名があったのだ。
“水の精霊(人魚)の登場する物語としてアンデルセンの『人魚姫』、ジロドゥの『オンディーヌ』が有名なのだがー”
へぇ~、そんな物語があるんだぁ。
知らなかった。
“『人魚姫』ではヒロインの人魚が最後に海の泡となって消えてしまい、『オンディーヌ』ではヒロイが記憶を消されてしまい愛する彼を永遠に忘れてしまう”
え⁉︎記憶消されるの?
なにそれ、大好物。
一気に興味がわいた。
甘くて酸っぱい青春のラブコメなんかも大好きだが、川の流れに流される木の葉のように、運命に翻弄されるけっして叶わない恋をえがく物語も好きなのだ。
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』とか。
『オンディーヌ』を読んで一番ぐっときた場面は、やはりオンディーヌの記憶が消えてしまう瞬間だろう。
正直、ちょっと泣いた。
「ねぇお願い、ハンス。あなたの声を聞かせて。記憶が消える前に、あなたを魂に刻み込むから!」
読み終わった後も、彼女の声が消えない。
彼に対する愛情も、共に過ごした日々の想いでも、すべて忘れてしまう彼女の悲愴と焦燥の入り混じった激しい言葉が、乾いた大地に清水がしみこむがごとく私の胸にじゅわっと広がっていった。
この物語を永らく忘れることはないだろう。
少なくとも自分の吐いた息が外の空気にたなびいて消えていくような、そんな軽い物語ではなかった。
〈読書日記〉『星天の兄弟』菅野雪虫
タイトル 星天の兄弟
著者 菅野雪虫
〈あらすじ〉
ある王国の小さな村に、高潔な学者が住んでいた。
学者には母親のちがう息子が二人おり、兄は物静かで賢く、弟は天真爛漫で美しいことで評判だった。
父が反乱に加担した疑いで捕らえられたことで、二人の運命は一変する。
罪人の子という重い軛を負うことになってしまった兄弟。
互いを思いやりながらも別々の道をゆく二人の運命は?
〈感想〉
艱難辛苦なんじを玉にす(かんなんしんくなんじをたまにす)ということわざを聞いたことがあります。
あらゆる困難に立ち向かい乗り越えることで、人は立派に成長するんだよといったニュアンスの言葉だった気がします。
じつはこの物語を読むのは二回目です。
一度目はコロナ禍に突入し、少しひまを持て余していた2021年の冬。
大学の授業がコロナで軒並みオンライン授業に置き換わって、親のすねをかじってくすぶるような学生生活をしていたころ。
目標もないし夢もない、自分の就きたい職業もわからない、あまつさえやる気もないぐだぐだライフを満喫していた当時の私は、この本を読んで衝撃をうけました。
この身に降り注ぐ困難をものともせず、「今」という時を誠心誠意全力で生きる主人公たちの姿が、私の目からはトンネルの先からもれる光のように輝いて見えたから。
このようになりたい!
いや、このように生きたい!
せつに願った。
ひとつ、なんでもいい、どんなにちっぽけなことでもいい、なにか始めてみよう。
そういう経緯があってこの読書ブログを開設しました。
まわりからは「え、あいつがブログ?似合わな、ぷぷ」みたいな目で見られたり、最初の意気込みはどこえやら更新頻度がだんだん減っていくなど、自分の胃に穴が開きそうな困難が次から次へと押し寄せてきます。
心が折れそうです。
その程度の困難でなにをめそめそしているんだ、私の方が今大変な目にあっているんだぞとか言わないでくださいね。
泣きます。
心が乾いた音をたててひしゃげます。
でも、すぐにでも逃げ出したくなるのをぐっと押さえて、こういう小さな困難を少しずつ乗り越えていく。
そうすることでちょっとずつ生きることに自信がついていくのかなぁ、なんて思ってます。
自分にはたいそうな将来の夢もないし目標もない。
そんな自分でも、人に誇れるくらい全力で生きることができるでしょうか?
〈読書日記〉『死神を食べた少女』七沢またり
タイトル 死神を食べた少女 上下
著者 七沢またり
イラスト チョモラン
〈あらすじ〉
「あなた、とてもおいしそう」
貧しい村に生まれた少女は、自分を襲う解放軍兵士の後ろに「おいしそうな」死神の姿を見た。
死神の鎌が振り下ろされるよりも早く、少女は死神をたいらげた。
死に行く者の野心欲望を刈り取る死神が、食欲に突き動かされた少女に敗北した。
少女の名前はシェラ。
貧しい村に生まれ落ちた、人よりちょっぴり食欲の多い少女だった。
そして、彼女は王国軍の兵士となり、数多くの解放軍兵士の命を葬り去った。
いつしか彼女は、残虐非道の「死神」として人々から恐れられるようになる。
憎き解放軍を倒すため、美味しい食事にありつくため、彼女は今日も血塗られた鎌を携え戦場を駆けるのだった。
〈感想〉
こんなにも心奪われた作品に出合ったのはいつぶりだろうか。
これまで多くの素晴らしい物語に出会ってきた。
大森藤ノ著『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』、入江君人著『神様のいない日曜日』、あさのあつこ著『NO. 6』、松山剛著『雨の日のアイリス』などなど。
いずれの本は「おもしろい」という次元を超えて、私が夜の睡眠時間を削ってまで読んだ傑作たちだ。
今日、私の心に残った傑作集に新たな物語が追加された。
それが今日紹介する七沢またり著『死神を食べた少女』だ。
「息をするのも忘れる」というのはこのことかというくらい、物語を読んでいてこの本から目が離せない。
いつのまにかこの本の世界観にのめり込み、気が付くと登場人物に感情移入している自分に驚き、思わず時間の感覚を忘れ、そして読み終わり、途方に暮れた。
この本の一番の特徴は主人公が「圧倒的な悪役」である点だと私は思う。
いままで読んできたファンタジーは人々を苦しめる悪の組織に、正義に燃える主人公が立ちはだかる幾多の壁を乗り越え、立ち向かっていくというものが多かった。
その過程で主人公は、新たな仲間と出会い、ときに別れ、自分の正義と目の前の現実に葛藤し、愛おしいヒロインと恋に落ち、旅で得た様々な経験を胸に悪役を倒すことで、読者の心を惹きつけていく。
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』などは、その典型例といってもいいだろう。
しかし、『死神を食べた少女』は上記の物語とは一線をかくする。
まずこの本の主人公・シェラに「正義」や「慈悲」は存在しない。
嬉々として敵の命を奪っていくその姿は、まさに悪役と呼ぶには申し分のない「死神」である。
しかし、私たち読者はこのこの物語を読み進めるうちに、敵の返り血に濡れ、冷酷非情ともいえる主人公・シェラに、いつしか心惹かれてしまうのだ。
人々から畏怖嫌厭(いふけんえん)の念を抱かせる圧倒的な悪役に、なぜ私たちが心惹かれるのか、この疑問を少し解決してくれるようなセリフが、実は本文に存在する。
それは主人公シェラの右腕、指揮官カタリナの独白。
『シェラの生きざまにカタリナは強く惹かれた。そして、死ぬのならばこの人のそばがいい。シェラの生きざまだけでなく死にざままで見届けたい。英雄であり”死神”と畏怖されるシェラが、どのような最期を迎えるのか。そんな考えを持ってしまう自分は狂っているのだろうか』ー本文より抜粋(少し加筆)
彼女の独白はこの物語の核心を突いていると私は思う。
彼女のもとに多くの者が集まってくる。
ある者は彼女に私淑し、ある者は導きを求め、ある者は彼女に助けられ、ある者は彼女の力になりたいと、水の中で空気を求めてもがくように人は彼女のもとに集う。
彼らに共通しているのは、シェラが歩む道を絶やさんがために集まってくることだ。
たとえ己の命が舞い散る木の葉のようにはかなく散りゆく定めだとしても。
私たち読者も同じだ。
読み始めた当初の彼女に抱いた畏怖の念は、いつしか彼女に対する憧憬へと変わっているのだ。
そして私たち読者は、彼女が歩んでいく道のりをかたずを飲んで見守る。
彼女の果てにあるものは救いか、それとも破滅か。
それを見定めるためるために。
悪は必ず正義に打ち滅ぼされる。
それは多くの物語で約束された絶対的な法則である。
彼女がどのような最期を迎えたか、気になる方はぜひ『死神を食べた少女』を一読してみてほしい。
読書日記 『九月の恋と出会うまで』松尾由美
タイトル 九月の恋と出会うまで
著者 松尾由美
イラスト 坂本ヒメミ
〈あらすじ〉
「男はみんな奇跡を起こしたいと思ってる。好きになった女の人のために」
暑さも和らいだ九月のはじめの夜、唐突に部屋の壁から声をかけられた志織。
壁の穴から聞こえる低くかすれた声は、同じマンションに住む平野という男の声。
彼曰く、壁の向こうにいる平野自身は「僕一年後の今日を生きている、いわば未来の人間」なのだと言う。
未来を生きる彼は「今」を生きる志織にあるお願いをする。
未来の平野は過去を変えなければならない理由があった。
これは未来と現在が交錯する、時空を超えた愛の物語ー。
〈感想〉
梅雨の長雨も終わり、 7月のうだるような猛暑が顔をのぞかせたころ今日この頃。
ああ、暑い。
これからもっと熱くなる?
冗談じゃない!
ほっといたらロウソクにでも火がともるんじゃないかってくらい蒸し暑いのに。
本を読む手にジワリと汗がにじんでうっとうしい。
この物語の季節は9月。
いくぶん暑さがやわらぎ、涼やかな秋の気配が感じられる頃。
そんな身も心も軽くなるようなこの時期に、恋をするなんてなんて羨ましいのだろう。
あてつけかな?
ちょっと疑う。
こっちは体の成分が容赦なく溶け出してしまう酷暑のかであえいでいるというのに。
なんという格差なんだ!
しかも、未来を生きる謎の男性に声を掛けられ、ヒロインがどんどん彼に惹かれていくロマンチックなストーリーに、なぜ彼が過去を変えなくちゃいけないのか考えていくこの物語のミステリアスな側面がうまく調和して、この物語に好感を持っている自分自身に驚く。
そして、なかなか本を読むのをやめられない自分にも少し腹が立つ。
自分一人では処理しきれないさまざまな感情に翻弄される今日この頃。
〈読書日記〉『こんなにも美しい世界で、また君に出会えたということ。』小鳥居ほたる
タイトル: こんなにも美しい世界で、また君に出会えたということ。
著者: 小鳥居ほたる
〈あらすじ〉
「朝陽くんにお礼がしたくて、ここまで会いに来たの。私の世界をかえてくれた、そのお礼」
高校三年生の朝倉朝陽は学校に通う意味が見出せず、くすぶった日々を送っていた。
そんな朝陽の目の前に現れたのは東雲詩乃という名の謎の少女。
幼い頃に朝陽と出会った彼女は、自分の世界を変えてくれた朝陽のことを忘れられず、恩返しをするために朝陽のもとを訪れたという。
しかし、朝陽本人は彼女のことを思い出せずにいた。
彼女と一緒に日々を過ごすうちに、徐々に詩乃の魅力に惹かれていく朝陽。
そんな中、彼女のスマホをのぞいたことをきっかけに、朝陽は彼女の秘密を知ってしまう。
その秘密とは彼女の東雲詩乃という名は偽名だったということ。
過去に出会った少女は?彼女が名前を偽る理由は?
彼女の真実が明かされる時、あなたはきっと涙する。
〈感想〉
この本を読んで救われた気がした。
ちょうどこの本を手にした時期は、自分が選んだ人生に自信が持てず、少し落ち込んでいた時期だった。
自分のやることなすことがすべて裏目に出て、まわりに迷惑をかけて、「誰にでも失敗はあるからさ」と明るく接してくれる仲間に卑屈さを感じて、心がどんどんすり減っていく。
自分にはこの道は向いていないのかもしれない。
一度芽生えた疑惑はなかなか消えない。
なかなか終わらない梅雨の長雨をうつろなまなざしで眺めるように、心に陰が差してゆく。
この本の主人公は将来に関してグダグダと悩みもだえる点に関しては、私と似ていると感じた。
主人公・麻倉朝陽には将来の夢がない、やりたいこともない。
だから、学校に通う意味が見いだせず、常に無気力。
でも、そんなやるせない現状をなんとかしないといけない危機感は、嫌というほど感じている。
この物語の終盤で、そんな彼に担任の先生が言った言葉が忘れられない。
「簡単なことだよ。自分の選んだ道を“正解”に変える努力をすればいい。たったそれだけのことで、自分の選んだ道の後悔なんて、消えてなくなるの」
そうだ、その通りだ。
自分の選んだ選択肢は、一度この道を実際に歩いてみなければ、正解か不正解かわからない。
誰も、足を踏み出す前に自分の選んだ道が正しいかなんてわかるはずがない。
もっと自分の選んだ道を正解にする努力するべきだったんだ!
そうすれば、自分の一挙手一投足がすべて新鮮に映り、毎日がより鮮やかになるんだ。
もう明けることがないと諦めていた梅雨の長雨に、一途の陽の光が差した。
この光を目指していけばいいのか。
この本を読み終わって深くそう思った。
〈読書日記〉『火狩りの王』日向理恵子
タイトル 火狩りの王
著者 日向理恵子
〈あらすじ〉
この世界はかつて一度、死んだ。
人類最終戦争後、大地は炎魔が闊歩する黒い森におおわれ、衰退した世界が広がる。
この世界で「火」は人の命をいともたやすく奪う危険なものだった。
戦争後、人々の体は「火」に近づくだけで体内から発火し灰となってしまうからだ。
この世界で唯一、人が唯一安全に扱える「火」は、森に棲む炎魔から採れる。
炎魔を狩り、火を手に入れることを生業とする火狩りたちは、黒い森を駆け、三日月形の鎌をふるう。
近年、火狩りたちの間でまことしやかにささやかれている噂があった。
「虚空を彷徨っていた人工の星、千年彗星〈揺るる火〉が、地上に帰ってくる。膨大なエネルギーを抱える〈揺るる火〉を狩った火狩りは、火狩りの王と呼ばれるだろう」と。
〈感想〉
この本を読み終わった日は、しとしとと雨の降る日だった。
窓の外からくぐもって聞こえる雨だれの音が心地よい。
雨の日は静かだ。
日々騒がしい街の喧騒が雨粒に吸収されてしまったかのように。
この物語もそんな物語だった。
物語の舞台は文明の崩壊した世界。
大地は黒い森で覆われ、凶暴な炎魔が人々を襲う。
人の体は少量の火を近づけただけで、体内から発火してしまうほどに脆くなってしまった。
人々は火を恐れ、身を寄せ合うようにして暮らしている。
灰色で空虚な世界。
この物語で感じる虚無感は、なんだか雨の日に感じる寂しさとなんだか似ているな。
〈読書日記〉『コップクラフト』賀東招二
タイトル コップクラフト
著者 賀東招二(がどうしょうじ)
イラスト 村田蓮爾(むらたれんじ)
〈あらすじ〉
15年前、太平洋上に異世界と繋がるゲートが出現した。
ゲートにほど近いサンテレサの街は異世界と地球側・人類世界の玄関口にあたる。
異世界の魔法と地球の兵器・薬物が裏取引され、サンテレサの街は数多くの犯罪がうごめいていた。
サンテレサ市の刑事ケイ・マトバは、ある妖精の失踪事件を追っていた。
異世界からやってきた常識不足で傲慢な鼻持ちならない白皙の美少女剣士ティラナとペアを組み、合同捜査を開始したマトバだったが、事あるごとに彼女と対立してしまい、思うように捜査が進まない。
食い違い、罵り合いながらも、マトバとティラナは共通の敵を追ってゆくうちに、二人の間に不思議な絆が結ばれてゆく…。
〈感想〉
この本、一度アニメで見たことがあります。
ぶっきらぼうで退廃的な雰囲気の警察官と異世界から来た白皙の美少女剣士が、何度もいさかい衝突しながら異世界の魔法の絡んだ難事件を解決していく姿に、当時の私は熱狂しました。
悪意と狂気が渦巻くサンテレサの街で絶えることのない犯罪を見てきたのにも関わらず、揺るぐことのない信念を持つケイ・マトバ。
始終北極の澄み切った氷のような雰囲気をまとうティラナが時折見せる、柔らかい笑顔もまた魅力的。
そして、最初こそ中の悪かった二人も物語の終盤から絆の通った息ぴったりの相棒になっているのもお約束。
アニメで一度この物語を経験しているのですが、実際に活字で書かれている本を読んで、こんな思いがあって登場人物は動いていたんだと、驚くところが多々ありました。
たとえば、犯人を捕まえるのに悪に手を染めた裏世界の情報に詳しいバイヤーの手を借りることになった時の、ティラナの心情が印象的。
『オニール(バイヤー)のような悪漢に頼ったことは、彼女の自尊心をひどく傷つけた。
もう自分は以前のように、正義という言葉を口にする資格がない。
自分が酷く汚れたようで、暗澹とした気分になる。』ー本文より引用
アニメでは、なにもかも決断した上で、厳然たる面持ちで犯人逮捕に赴いていたので、実は彼女がこんなにも葛藤や不条理にもがき苦しんでいたなんて、ちっとも考えていませんでした。
この物語は、主人公とヒロインが互いに衝突しながらも一致団結して犯人を捕まえるポリスストーリーであると同時に、「正義とは何か」「正しさとは何か」を考えさせられる物語でもあるのです。